懐かしくも新しい、喫茶店の名物メニュー

『こんなに素敵な場所を変えてしまうのはもったいないと思って』──そう話すのは、店主の竹中さん。清水五条で半世紀以上、地元の人に愛された「喫茶スズキ」が閉店したのは2023年夏。その年の10月、同じ場所に新しい喫茶店「滔々と、」が誕生した。
新しい店の外観も内装も、椅子やテーブルの佇まいも、竹中さんの強い希望でほとんどを以前のままを残す。前店主の思いを受け継ぎながら、今も常連客に「変わらぬ日常」を届けている。
一方で、メニューは一新。レトロな空間に合うように考案されたドリンクやフードは、新しさの中に懐かしさをにじませる。中でも「喫茶スズキの唐揚げ定食」は、以前の店の一番人気を受け継ぐ看板メニュー。今もこの場所で、多くの人に親しまれている。
ジューシーな唐揚げは、ガツンと生姜の風味が印象的

前店主から直々に教わったというレシピで作る唐揚げは、以前の店からの常連客も「そのままの味」と太鼓判を押す。鶏もも肉をたっぷりの生姜と醤油、酒などに漬け込みカラッと揚げた、素朴で親しみやすい味わいで、しっかり効いた生姜の風味が印象的。何より、そのジューシーさに驚かされる。噛むたびにじゅわっとあふれる肉汁がたまらない。ご飯のすすむこと、すすむこと。
銀皿に盛られたビジュアルがまた、郷愁誘う。サウザンアイランドドレッシングをまとった千切りキャベツに、キュウリとトマト、ポテトサラダ、ナポリタンという、昭和洋食の王道を思わせる付け合わせは、実は「滔々と、」オリジナル。古さと新しさが自然に寄り添う、センスとバランス感覚に脱帽だ。
愛らしさに笑みがこぼれる、4色のクリームソーダ


ドリンクの中でも人気のクリームソーダは緑、青、赤、紫の4色を揃え、それぞれメロン、ブルーハワイ、ストロベリー、グレープのシロップを用意。ぽってりしたグラスに注がれた色鮮やかなソーダ水に、バニラアイスを浮かべ、真っ赤なチェリーをちょこんとのせた愛らしい姿に、思わず笑みがこぼれる。
また、月替わりのボリュームある定食、ふっくらした仕上がりが美しいオムライスなどのフードも充実。スイーツには、カセットコンロとともにフライパン型のアルミ皿ポップコ-ンが席まで運ばれてくる「自分で作るポップコーン」、ほろ苦くて少し堅めの「大人のプリン」、バニラアイスとたっぷりのバナナにチョコソースを豪快にかけた「チョコバナナパフェ」などが揃う。どのメニューも、レトロな趣きと今の時代に合わせた軽やかさが両立した、「滔々と、」としての個性を存分に発揮している。
変わらないことを大切に。時代を越えてくつろげる空間


以前の店は喫煙可能だったが、現在は全席禁煙。壁だけはすっかり塗り直したものの、それ以外はほぼ当時のまま。細工の美しい仕切りガラスや経年の味わいを帯びたソファに時間の重なりを感じる店内は、時代をさかのぼったような錯覚を誘う。ほっと息をゆるめ、時間を忘れて落ち着ける空間。
店主の個性も発揮しながら、古くも新しい佇まい

ほとんど以前の店の姿を残すこの店に、新しく加わったものが2つ。ひとつは、なんとも味わい深い、使い込まれた古いレジスター。もうひとつは、日本コロンビア製の置き型ラジオ。レジスターと同時代のものと思われるが、修理されて今も音を響かせ、この店のBGMを担う存在に。どちらも新しい店の顔として堂々と空間に馴染んでいる。
流れる時代に寄り添い、喫茶店文化を未来へ、

大和大路通松原下る、京阪清水五条駅からは徒歩7分。カウンターにはコーヒーチケットがずらりと吊られ、昔から通い続けるご近所さんがいつものようにやってくる。一方で、ふらりと訪れる若い一見客も少なくない。そのどちらも分け隔てなく、やわらかな物腰で迎え入れる店主のフラットな雰囲気が、この店の心地よい空気を作っている。
この場所で積み重ねられてきた日常を尊重しながら、時代の流れには軽やかに寄り添い、面白いことにはためらわずに飛び込んで。気負うことなく、好きなことを続けていく先に、「京都の喫茶店」文化が未来へ繋がっていく――この店には、そんな予感が満ちている。