ベトナムのカフェ文化を、気軽なコーヒースタンドで

2025年7月24日、京都・北山の植物園近くに誕生した理髪店とコーヒースタンドの併設店。夫が理髪店を、妻がコーヒースタンドを担当。それぞれの仕事と好きをひとつに、夫妻の情熱と思いを凝縮した。
ベトナム・ホーチミン出身の妻によるコーヒースタンドは、「カフェ大国」とも言われるベトナムのカフェ文化を取り入れたメニューやテーブルウェアに個性が滲む。コーヒーと自家製ジンジャードリンク、スイーツを用意。コーヒーは、東京・三軒茶屋の焙煎所による6種類と、ホーチミンの人気ロースタリーによる1種類を用意。それぞれ、ハンドドリップとベトナム定番の「カフェスアダ」で提供する。
ベトナム定番のコーヒー「カフェスアダ」とは

「カフェスアダ」は、日本でも広く知られる“ベトナムコーヒー”のこと。練乳入りのアイスコーヒーで、ベトナムでは屋台やカフェ、レストラン、あるいは自宅でと、日常のあらゆるシーンで親しまれている。
ベトナムの練乳は、日本のものに比べて粘度が高く、濃厚なコクと強い甘みが特徴。こちらでも現地のものを使用し、本場の味を再現する。

練乳を入れたグラスにドリッパーをセットし、直接コーヒーを落とすのが正式な淹れ方。ドリッパーは「カフェ・フィン」というベトナム独自のもので、フィルターを使わず中蓋で粉をプレスする構造。旨み成分であるオイルがそのまま抽出され、エスプレッソのように凝縮されたコーヒーに仕上がる。
底に細かく開けられた穴から、コーヒーが落ちるさまを眺めながら、じっくりと待つのもベトナム流の楽しみ方。

「カフェスアダ」の主役でもあるコーヒーは、日本で一般的に飲まれる「アラビカ種」の豆とは異なる品種で、「ロブスタ」と呼ばれるもの。約2倍のカフェインを含み、力強い苦みと独特な香りを持つ。
こちらではホーチミンにある焙煎所「96B cafe&roastery」から取り寄せる高品質なロブスタを使用。雑味のない滑らかな苦みとともにフルーティーな酸味が際立つ、従来のロブスタとは一線を画す上質な味わい。ホーチミンの人気店の味が京都で楽しめるのも、この店の魅力のひとつ。

練乳をすくうように底から上下に混ぜるのがコツ。しっかり混ざり合い全体がキャラメル色になったら、ひとくち。苦みとともに口中を包む爽やかな酸味、そして練乳のコク深い甘さが調和。クリーンな後味が心地よい余韻を残す。強烈な苦みと甘みから”ロケット燃料”とも呼ばれる伝統的なベトナムコーヒーの、新たな一面に出会える。
グラスの印象的な水玉模様は、ベトナムのカフェなどで古くから使われてきた柄。ベトナムに暮らす人にとっては、ノスタルジーを感じる日常の風景として愛されてきた。伝統と現代を融合させ、新しいかたちで届ける――「カフェスアダ」はこの店のそんな姿勢を体現する一杯。
コーヒーとともに味わう、自家製スイーツ

フランは、ベトナムの屋台やローカルなカフェで広く親しまれるデザート。日本のカスタードプリンより卵を多く使い、練乳を加えるのが特徴で、生地はリッチな甘さに仕上がる。それに合わせるカラメルは、しっかりと苦みを効かせるのが主流。
「焦がしカラメルフラン(ベトナム風)」も、仕込み中は店中に煙が充満するほどカラメルを深く焦がして作る。濃い色と力強い苦みが生地の甘さを引き締め、コクのある旨みが広がる。どっしりと硬めの質感でありながら口当たりは滑らか。その濃厚な味わいは心を掴んで離さない。

ほかに定番スイーツとして「プレーンスコーン」を用意。発酵バターをたっぷり使った香り高い生地は、外はサクッと軽く、中はふわっとした食感で、コーヒーとの相性も抜群。さらに旬の味覚を使った限定スイーツも登場する。限定スイーツは土日祝のみ提供の場合もあるので、詳細はInstagramで確認を。
店主は幼い頃からお菓子作りが好きで、ベトナムにいた頃は毎日のように作っては家族や近所の人に配っていたという。ベトナムのカフェで作っていたクッキーが好評で、百貨店に出店した経験もある。季節ごとに心躍らせながら新たなアイディアを練っているそう。コーヒーとともに、店主渾身の自家製スイーツもぜひ。
理髪店とコーヒースタンドが共存する、唯一無二の空間

店内は2つの空間に分かれ、入って左側が理髪店、右側がコーヒースタンドになっている。理容の施術の様子をガラス越しに眺めることができ、夫の施術を待つ間に妻がコーヒーを楽しむ夫婦客の姿も見られる。

オープンなL字のカウンターと2つのベンチシート、数台の小さなコーヒーテーブルが並ぶコーヒースタンドの店内。開放的な空間に大きな窓から自然光が差し込み、温かみのある雰囲気が漂う。ベンチシートで隣り合った客の間に会話が生まれ、いつの間にか居合わせた人たちがひとつになって、さながらサロンのように盛り上がることもしばしば。

理容室の待合も兼用する入口すぐのスペースには、腰を下ろすと立ち上がりたくなくなるほど座り心地のよいソファが置かれている。実際に、数時間をここで過ごす客も少なくないという。
時代を超えたクラシックな理髪店


理髪店には、理容師である夫の想いが詰め込まれている。重厚な存在感を放つバーバーチェアは、革を張り替え、オーバーホールを施した90年代製のものを使用。クラシックなスタイルを現代の感覚に合わせて新しいかたちで提案する姿勢は、コーヒースタンドと同様、この空間にも息づいている。
「理髪店の利用客には、静かな環境でゆったりと過ごしてほしい」と、コーヒースタンドとの間仕切りは防音仕様に。それゆえ、施術中はウトウトと眠りに落ちていく人も多いとか。
下鴨本通り沿い、バーバーサインが目印

下鴨本通りを北へ。北山通を越えた先にあるマンションの1階の、くるくると回るバーバーサインが目印。店名の「Other Half」は、夫婦や恋人など、自分自身を「半分」としたときの、もう一方の半分である相手を指す言葉から。

ベトナムのテーブルウェアブランド「amai」のカップやプレート、水玉模様のグラス、ホーチミンから取り寄せるロブスタ豆など、日本のコーヒー文化にさりげなく溶け込むベトナムのカフェカルチャー。その絶妙なバランス感覚にセンスが光る。隣には夫が伝統の技術を現代の感覚で提供する理髪店があり、コースメニューにはすべて妻の淹れるドリンクが付く。二人が寄り添いながら作り上げたこの場所には、コーヒーへの愛と理容への誇りが息づいている。
「三ツ星レストランのような店にしたい」と夫妻は言う。「旅の目的となるような店」を目指しながら、同時に「地域に根ざし、地元の人々の憩いの場になれれば」と、郊外の住宅街である北山に出店を決めた。オープンから数ヶ月、年齢もさまざまな客が集い、世代を超えた会話が自然に生まれる場所として育ちつつある。「あなたがいて、私たちが完成する」——人と人がつながり、みんなで創り上げていきたい。そんな夫妻の思いを感じに、ぜひ足を運んでみてほしい。
